1847年、宝石商アドルフ・ピカールの工房で修行を積んだルイ・フランソワ・カルティエは、パリの
モントルゲイユ街にあるピカールの工房を任された。この時がカルティエのスタートの年となった。 
そして、1853年カルティエで初めての時計が登場する。外部からムーブメントを買い入れ、装飾を
施したケースを作りそれを入れて販売したものである。当時、時計もステイタスを表すものとして裕
福な貴族や王族が顧客として名を連ねたという。                             

1873年にはカルティエのオリジナルの時計が登場する。これはブラジルの富豪、サントス
のために作られたものだった。当時の記録には「No27の懐中時計、エジプト風」と記録され
ている。                                                 
このサントスなる人物こそ後のカルティエが本格的な腕時計のきっかけを作った飛行家アル
ベルト・サントス・デュモンの父である。                               

3代目ルイ・カルティエの友人サントス・デュモンのために1904年に作った時計、これがカ
ルティエが時計史に名を残したものとして有名なモデルである。                
カルティエは一つのモデルを作ると定番化し、長年使いバリエーションを増やしていくことが
特徴の一つである。したがって、タンクのようにおよそ80年たってもいまだ作られ続けてい
るし、サントスにいたっては90年を越えているのである。                    

カルティエの腕時計を代表するもう一つのモデルであるタンクが登場したのは1917年。第1
次世界大戦で登場した戦車から発想したこのモデルからもまた、数多くのバリエーションが
生まれている。                                             

カルティエの腕時計が最も幅を広げたのが1920年代であった。サントス、タンク、トノー、トル
チェなどの基本形を元に様々なバリエーションを増やしていった。そして1942年、ルイ・カルテ
ィエがこの世を去って、カルティエが家族経営に終止符を打ち新たな経営陣を迎えた後もカル
ティエの腕時計は新しいモデルとともに作り続けられている。